移転問題の経緯については報道によると以下の通りです。
① 主要施設下に盛り土をする方針は、2009年2月策定の「豊洲新市場整備方針」で示され、当時の石原知事が決裁
② しかし、2年半後の2011年8月、盛り土をせず地下に空間を設ける設計が都の担当部局内で固まった。実際の設計の段階で別の案にすり替わった
本来であれば、②の前に、当初方針を改定するために、改めて知事の決裁を仰ぐ必要があります。しかし、こうした正式な手続きが取られた様子はありません。
そこで、知事周辺からの黙示の指示(少なくとも黙認)があったのか、あるいは、担当部局の独断で行われ、知事周辺には報告されていなかったのか調査が行われているところです。
「それぞれの段階で流れの中、空気の中で進んでいった」との旨、小池知事が発言しています。
誰かが「盛り土をしなくてよい」と明確な意思決定や指示を行ったというよりは、所定の予算や工期で移転を実現するためにはそれしかない、今さら移転できないとは言えない、という空気、暗黙の了解の下で物事が進んでいったということでしょう。
つまり、「所定の期日までに移転を実現するための、現実的な工法」が、事実上、「盛り土をしない」を意味するようになったと考えられます。
当初の「豊洲新市場整備方針」についても、時間の経過とともに、あくまでも「方針」にすぎず、盛り土を行うことは数多くの項目の一つにすぎない、完全に方針どおりに実施する必要はない、と解釈されるようになったのかもしれません。
また、当時の責任者として名前を挙げられた幹部8名の中には、当該部局での経験がほとんどない、人事ローテーションの関係で(いわば出世の階段の途中で)その役職を務めていたと思われる人物もいます。
重職を担っており、それだけの権限もあるのだから、自分がおかしいと思うのならストップをかけるべき、というのが本来の考え方でしょう。
現実問題としては、当該部署の経験が長い他の幹部から、既にこの方向で進めるコンセンサスが形成されていると言われると、自分の一存でひっくり返すには相当の裏付けと気力が必要です。
他の人物が就任していたら違う結果になったかと考えると、やはり同じ結果になった可能性が高いと推察します。
この点を捉えて、小池知事は「流れの中、空気の中で進んでいった」と表現したのでしょう。
見方によっては、当時の当該部署の幹部の中には、職を賭してでもストップをかける人物もいなかったとも言えます。(盛り土の有無の重大性について評価を誤ったせいかもしれませんが)
現在、都政改革本部(本部長:都知事)において、職員目安箱の設置、公益通報制度では新たに弁護士を窓口とした外部窓口を設置など、内部の「空気」に流されることがないよう、見られているという緊張感をもって職務にあたるためのインフラ整備が進められています。
単に職業倫理や一部の英雄的人物の登場に頼るよりも、組織のシステムを整備する方向で議論が進められている点は、実効性の点で評価できると思います。
前任者からの流れを引き継いでここまで来てしまったようですが、組織としては、就任して間がなく専門知識に乏しかった、部下から報告を受けていなかったとしても、責任者を処分せざるを得ません。
専門知識に乏しいというなら、自分にも分かるように部下に説明させるなどの手段を取るべきであったということになります。空気に従うことで自分の体面を保つことを選んだのではないかと指摘されたとしたら、やはり責任ありと言わざるをえません。
今後は、意思決定のあり方も模索されるでしょう。
現行の意思決定においても、形式的には、責任の所在は明確です。決裁文書の「意思決定権者」の欄にハンコを押した役職者が最終的な責任を負うべきことになります。
一方で、重い処分を科すだけでも解決しません。幹部が慎重になるあまり、年間に何百件も持ち込まれる決裁文書のひとつひとつに、細かな資料や説明を求め、なかなか意思決定を行わないとなると、今度は現場の業務が停滞します。
責任の所在の明確化と円滑な業務遂行の両立を図るには、「偉い人」が形式的に意思決定者となることがないよう、その業務について本当に把握している役職者が意思決定者となる形に改めていくしかないと考えます。
この場合も、どこで線を引くか難しい問題をはらんでいます。大組織においては、「念のため上の判断を仰ごう」という方向になりがちです。
殊に、日本の組織慣行では、定期的な人事異動のため、未経験分野の部局に異動し、就任まもなく責任者として意思決定を求められることがあります。
このため、幹部登用・人事異動のあり方、採用のあり方も併せて見直す必要もあります。
特に、内部登用では経験、実力を備えた適材が見つからない場合の、幹部職員の中途採用が課題となるでしょう。まずは検討からスタートで、すぐに変わる可能性は低いですが。
中央卸売市場長、管理部長が、当該行政分野での経験が少ない事務系職員であり、設計の違いの重大性を理解していなかったことも原因の一つと捉えるなら、全庁的な人事異動は控え、一つの局内で専門知識を身に付けた幹部職員、中核職員を養成すべきということになります。
その場合、新採時の配属局、主任昇任後の配属局という、巡りあわせの要素で都庁でのキャリアパスが決まってしまいかねず、全庁一括採用の意義や、職員の納得感の面で問題をはらみます。
さて、都庁の人材採用について考えると、今回の問題は、都庁のイメージにマイナスであることは違いありません。
採用PRを頑張っている人事当局にとっては痛手です。どこを志望するか迷っていた受験生の中には、都庁を敬遠する人が一定数出るかもしれません。
もっとも、今回の不祥事では都庁組織に厳しい目が注がれていますが、この一点だけを捉えて都庁志望を取りやめるというのは合理的とは言えません。
もちろん、今回のケースは誇れるようなことではありませんが、多かれ少なかれ、どの組織も内包している課題と言えます。
民間企業等でも、創業者や先代社長が始めた事業だからと「空気」を読んで、たとえ不採算でも清算できないということは往々にしてあります。
その事業の存続が前提となってしまい、不採算を穴埋めするため、あるいは問題がないように装うために粉飾を行うなど、さらに良からぬ事態に進んでしまうこともあります。
都庁においては、今回の不祥事がきっかけとなって、組織のあり方、仕事の進め方に変化が生まれるでしょう。
従来のやり方に慣れた既存の幹部やベテラン職員にとってはやりにくいと感じるかもしれません。一方で、若手職員やこれから都庁に入る方にとっては、組織の風通しがよくなり、新たな体制下でキャリアを歩むことができる点で、むしろ良い結果になると考えられます。
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