東京都の「平成27年 職員の給与に関する報告と勧告」(いわゆる人事委員会勧告)が行われ、これからの給与制度の指針が示されました。
これから都庁を受験する方、入都予定の方にとってどのような意義を持つか、以下に勧告を抜粋しながら解説を加えました。
給与改定等
公民較差に基づく改定
(1) 給料表
「行政職給料表(一)が適用される職員の給与については、民間従業員の給与が職員の給与を480円(0.12%)上回っていることから、給料表の引上げ改定を行う」
「職務の級の簡素化に伴い職責等をより適切に反映した昇給カーブを設定したことから、3級以上については定額による引上げを基本」
「一方で、1級・2級については、(中略)、高位の号給を中心に3級以上との給料月額の差が縮小している状況も見られている。そのため、本年は、人材確保等の観点から1級の初任給付近及び2級の若年層については引上げを行うが、それ以外については、上位級との職責の差に応じた給料月額への見直しを図る観点から引上げを行わない」
引上げ額自体はわずかですが、当局の方針が重要です。
3級(課長代理)以上の職員、および1級・2級(主事・主任)の若手については、相応の配慮が行われていますが、1級・2級のベテラン層については、据え置きとなっています。
現状では、ベテランの主事・主任のほうが、若手・中堅の課長代理より給料が高いケースもありますが、職責・業績に対して給与を支払うという観点から、徐々に見直しが進んでいます。
つまり、勤続年数相応に役職が上がっていないと、給料が上がりにくく、また、昇給が頭打ちになる段階も早まります。
当局が3級職とそれ以下で考え方を分けていることから、「都庁に入れば、いずれはこれくらいもらえるだろうという」と一般に考えられている水準は、これからは課長代理以上に到達できるかが目安となりそうです。
かつては、役職よりも、勤続年数がものを言う給与制度でした。若手課長よりも、ベテラン係長・課長補佐の給料のほうが高いのは「当たり前」のことでしたが、現在は過渡期を迎えています。
なお、部長と課長の給与が逆転することは、数年前の制度改正でなくなりました。
(2) 初任給
「行政職給料表(一)におけるⅡ類、Ⅲ類の初任給については、人材確保等の観点から、給料表の引上げ改定に応じた引上げを行う。」
「Ⅰ類Bの初任給については、これまで国の総合職試験(大卒程度)の初任給との均衡を図ってきているため、国の対応と同様に据置きとする。」
都庁では、Ⅰ類Bを国家公務員総合職(大卒)に相当すると位置付けています。
また、都庁幹部職員の給与水準についても、霞が関の幹部職員とのバランスが考慮されています。人材の確保、職員のインセンティブの観点から、都庁で幹部を目指す方には、相応の収入を得る機会はこれからも維持されるでしょう。
国の総合職との違いは、都庁では、同じ枠で採用された人の中で、昇進の差が開きやすい点です。
(3) 特別給(ボーナス)
「期末・勤勉手当の支給月数を0.10月分引き上げて4.30月分とする」
「支給月数の引上げは、民間従業員の特別給における考課査定分の割合及び国の勧告内容を考慮し、勤勉手当で行うことが適当」
引上げ分は、勤務成績に応じて増減する「勤勉手当」に配分されます。
近年、在籍さえしていれば支給される「期末手当」の割合が減少し、成績率が反映される勤勉手当の割合が増加しています。この傾向はこれからも続くと想定されます。
「公務員はボーナスまで保証されている」という状況は、少しずつ揺らいでいます。役職が上がり、成果が問われる立場になるにつれて、「支給されないわけではないが、もらえる金額は人による」というのが実際です。
勤務成績に応じてボーナス、昇給(ひいては昇進)に差が出る制度へと徐々に変わってきましたが、当局もまだ終わりとは考えていないようです。
民間企業ほどの社員間格差が生まれるわけではないですが、他人と比べられるのは嫌だ、のんびり勤務できればそれでいい、というタイプの方にはプレッシャーがかかる制度になっています。
制度改正等
公安職の部長職の給与制度
「公安職給料表の9級の適用を受ける警察官及び消防吏員の部長等については、(中略)行政職給料表(一)の部長と同様、昇給による年功的な水準の上昇を廃止し、職責・能力・業績の反映を徹底していくことが妥当。」
「職責・役割の程度に応じた3つの区分に分類し、区分ごとに単一の給料月額を設定する」
「また、行政職給料表(一)の部長と同様、生活関連手当である扶養手当を不支給」
今回の改正は、都庁の職員には直接関係ありませんが、職責(ポジション)に応じた定額給与制、生活給の抑制の適用対象が拡大しています。
将来のさらに下位の役職への適用に向けて、徐々に外堀が埋められている印象です。
また、生活給の抑制が謳われています。仕事で果たしている責任や業績に対して給与を支払うという発想では、配偶者や子どもがいるか否かの私的事情によって、職場からもらう給与額が異なるのは不合理という発想になります。本来は、職場ではなく、行政が社会福祉として担うべき分野という理屈です。
原理原則から考えると、これは幹部級職員だけに該当する話ではないので、激変緩和措置を設けながら、いずれはより下位の職層への適用が不可避と考えます。
最終段階に至るまでには、まだ何十年もかかると思いますが、そのときは、業務ごとに難易度が数値化され、25歳の若手職員も、60歳のベテラン職員も、同じ業務を担当するなら給料も手当も同額となります。
民間企業でも同様の傾向があると思いますが、組織が構成員の生活の面倒を見るという役割からフェードアウトしているようです。
労使の関係は、とにかく勤め続ければ家族も含めて老後まで面倒を見るという関係から、現在の職務に対して対価を支払うというビジネスライクな関係へと変化しています。
長期的には、海外の事例も見ると、扶養手当だけでなく、住宅手当、通勤手当、退職金も危ないです。退職金は、長期勤続のインセンティブとして、給与の後払いのようなものと言われているため、退職金制度がなくなるなら、本来は現役時の給与が上がるはずですが…
将来の退職金制度の存続については、企業の側で、社員を長期的に抱えたいか、それとも必要な人材を中途採用すればよいと考えるか次第です。「転職が当たり前」の社会になるかどうかとも密接に関連します。
そして、公務員は民間の平均に準拠です。
今後の課題
(1) 職務給の更なる進展等
「1級・2級については、高位の号給において昇給による給料月額の上昇幅が3級以上と比べて高くなっている号給が多いことに加え、特に1級については他の級よりも号給数が多いことから、長期にわたり給与上昇が続く構造となっている」
「1級・2級について、上位級との職責差の適切な反映等の観点から、その給与水準について見直しを図る必要があると考えており、今後、更に1級・2級に関する課題等の検証を進め、その解決に向け必要な対応を検討していく」
現在は、職層にもよりますが、昇給が事実上の頭打ちになるのは50歳~55歳頃と思われます。中長期的には、下位の職層については、45歳、40歳と切り下がっていく可能性があります。
例えば、現在、1級職は153号(325,500円:地域手当除く)までありますが、この上限を縮減し100号(300,200円)までとするといった形です。
定年まで20年間も昇給がないというのは厳しいものがあります。昇給を続けるには役職を昇る必要がありますが、部下のマネジメントを行う課長代理、管理職のポストは数に限りがあります。優秀で意欲があっても、全員がポストに就けるわけではありません。そこで、当局は、「複線型人事制度」を打ち出しています。
いわゆる専門スタッフ職として、専門性や難易度の高い業務を担当する職員を、課長代理級、課長級として処遇する制度です。当局が「複線型人事制度」とあえて銘打っていることから、将来は、専門スタッフ職のまま部長級まで、あるいは理事級まで昇進できる道も開かれるようになるでしょう。
(2) 能力・業績を反映した給与制度の更なる進展
「今後とも、職員の能力・業績の給与への反映を基本としつつ、各職層における期末・勤勉手当への適正な配分等について検証していく。」
「また、成績率については、昨年の本委員会の報告を踏まえ、任命権者において監督職以下の査定幅を拡大したところであるが、引き続き、査定幅の更なる拡大など業績の反映度合いを高める取組を検討する」
「監督職の昇給については、任命権者において、平成28年度から、勤務成績に基づく昇給における下位の区分である3号給以下の適用をより厳格に行うこととしている。」
一般職員についても、ボーナス(勤勉手当+期末手当)のうち業績に連動する幅が拡大される方向で検討されています。
もっとも、若手のうちは、仮に減額される場合でもその金額はわずかで、増額幅のほうが大きくなるよう設計されています。あくまでも発奮材料としてほしいという趣旨です。
ただし、結果責任を問われる管理職では、制度上、勤勉手当のゼロ査定もあります。期末手当はもらえるため、ボーナス全体ではゼロにはなりませんが、最悪の場合、半額となります。
また、課長代理(監督職)以上の勤務評定については、標準以下の適用を厳格に行うと示されています。従来から、(公務員業界全般に)ほとんどの職員が「標準」またはそれ以上の評価を得ているという問題が指摘されていたところですが、これからは、標準以上もいれば、標準以下もいるという、当たり前の評価基準が徹底されるということです。
もっとも、「3号給以下の適用」といっても、給料が前年より下がるわけでなく、標準なら4号分(例えば1万円)昇給するところが、標準以下の成績なので3号分(例えば7500円)しか昇給しないという話しです。
ただし、単年度の差額はわずかでも、残業代の単価やボーナス額にも反映されますし、さらに翌年度以降の昇給もこの上に積み重なっていきますから、中長期ではボディーブローのように効いてきます。
(3) 生活給的、年功的要素の抑制
「給与制度全般については、職務給によらない生活給的、年功的要素の抑制の観点からも不断の見直しを行う必要がある。」
職員の生活保障のために支給されてきた扶養手当、住居手当などについては、切り詰められていく方向です。
また、勤続年数に応じて自然に給料が上がる年功的要素を改めるという方針が示されています。
「給料表の昇給カーブのあり方については、複線型人事制度の進展など人事制度改革の動向を見据え、職務給の観点に加え、年功的要素を更に薄めていく観点からも引き続き検証を進めていく。」
言葉を濁していますが、端的に言えば、1級・2級職のベテラン層の給与は下げていき、中堅あたりでほぼ頭打ちになる(昇給カーブのフラット化)という方向で検証を進めるということです。
せっかく都庁に入るのだから、やはりある程度の収入は確保したいという場合、①管理・監督職として上位の役職を目指す、あるいは、②複線型人事制度で、長年培った専門性を活用し、専門スタッフ職として高度な業務を担う、のどちらかとなります。
人事当局としては、どちらの道に進むか、キャリア形成について早い段階から検討しておいてくださいというメッセージを発しているように思えます。一方、どちらの道にも進まない場合は、将来の給与水準は厳しいものになる可能性があると警鐘を鳴らしている側面もあります。
人事制度及び勤務環境等
能力及び実績に基づく人事管理の徹底
「今回の法改正により、地方公共団体には人事評価制度の導入が義務付けられ、任命権者においては、標準的な職や標準職務遂行能力を設定した上で、職務遂行に当たって各職員が発揮した能力及び業績に対して適切な評価を実施し、その評価結果に基づく人事管理を徹底することが求められる」
もっとも、「都においては、能力と業績に応じた公平・公正な人事管理等を行うため、昭和61年に全国に先駆けて人事考課制度を導入し、制度の改善を図りながら、昇任選考や昇給、勤勉手当における成績率への反映、配置管理や人材育成などに活用してきた」とあるように、都庁では基本的に従来どおりで、大勢に影響はありません。
都庁では従来から、業績や行動実績、職務遂行に必要な能力ごとに、〇〇についてはA評価、△△についてはB評価、・・・、総合点でB評価、といったきめ細かな評定が行われています。受験生の方も、そうした視点で見られていることを前提に、論文・面接の準備を進めることをお勧めします。熱意さえ伝われば合格といった単純な話ではありません。
一方で、一部の自治体では、一定年数が経過すれば全員昇格・昇給という慣例を説明するのが難しくなってくるでしょう。ヒラ職員より役職者のほうが多い「上に重い組織」を改めさせ、財政のスリム化を図ることが国のねらいと考えます。
人材の活用と育成
(職員の専門性の育成)
「職員の専門性を高めていくためには、都の行政分野ごとに求められる専門性を体系的に整理した上で、職員の適性も踏まえつつ、長期的なキャリア形成の観点から、職員の強みを伸ばし専門性を育成する計画的な配置や昇任が必要」
「都に求められる専門性についての整理を更に進めるとともに、専門性に基づく体系的かつ計画的な配置管理や人材育成を進めるなど、複線型人事制度を更に推進していくことが必要」
近年、都庁では専門性を重視するようになりました。例えば、管理職として全庁的に異動するタイプでも、単なるジェネラリストではなく、組織運営(マネジメント)に強みを持つ人材と位置付けられ、その専門性やスキルを高めることが期待されています。
都庁に入ったら様々な部署を経験したい、という漠然としたジェネラリスト志向はあまり好まれなくなっています。法律、経済、会計、都市政策、環境政策など、自分の強みを軸としてキャリアを形成する意欲がある人材のほうが好まれます。
入都後の配属先や異動先によって、結果的に、強みや専門分野が変遷することはありますが、都庁を目指す方としては、自分なりの強みや専門性を活用しながらキャリアを形成する意欲を示したいところです。
ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取組
「国は、本年、朝型勤務を推奨する「ゆう活」に取り組み、また、人事院の勧告においては、フレックスタイム制の拡充について勧告することと併せ、テレワークの推進等にも言及」
「職員に柔軟で多様な働き方の選択肢を用意することは、有為な人材確保にも有用であることから、任命権者においては、朝型勤務の試行結果の分析、検証を進めるとともに、国等の動向を注視しながら、柔軟で多様な働き方を可能とする更なる取組を検討していくことが必要」
フレックスタイム制やテレワークについては、国で導入が進むようであれば、都でも検討するというスタンスです。
「検討を進めるに当たっては、都においては窓口業務や都民の個人情報等を取り扱う部署も多く存在するなど、国とは状況が異なることを踏まえ」とあり、都庁が率先して取り組むという認識ではないようです。
アメリカや欧州の例を見ても、筆者は、フレックスタイム制・テレワークと業績主義(一定の成果を出さないと減給やクビになる)はセットだと考えています。雇用・給料の保証がある状況でのフレックスタイム制導入は、一部の職員にとって、制度悪用の誘因になりかねません。
業績主義拡大とセットでの導入が前提となると、職員の側でも、フレックス制を好むとは限らないという側面もあります。
女性の活躍推進
「都においては、従来から能力・業績主義が徹底され、男女の別なく、採用や昇任の機会が与えられてきており、管理職に占める女性職員の割合は、他道府県と比較して高い状況にある。」
「これらの複合的な取組を通じて、管理監督職等への女性職員の登用を更に推進するとともに、中長期的には、より上位の役職における女性職員の登用拡大も望まれる。」
「より上位の役職」とあるのは、局長級、さらには副知事への登用を念頭に置いていると思われます。都庁の女性副知事は金平氏(平成3年~7年)以降、誕生していません。
現状では、昇任で女性枠を設けることは行われておらず、出産・育児等で不利になるのをできるだけ減らすという側面支援が行われています。
最上位職層への女性登用については、その候補群である部長級、特に枢要部長への登用ケースがこれまで以上に増加する必要があります。
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