都庁では、職責、業績を反映した給与制度へと少しずつ変わってきました。
近年は、全ての職層でボーナス支給額に成績率が反映され(全員が平等に何ヶ月分のボーナスがもらえるわけでない)、また、年齢に関係なく「職責に応じた年俸」+「業績に応じたボーナス」の考え方に基づく給与制度が(局長級だけでなく)部長級にまで拡大されています。
こうした方向での改正は、これで終わりではなく、中長期的に、さらに職責、業績を細かく反映した給与制度へと変わっていくことが想定されます。
そこで、将来の姿の示唆として、能力主義、成果主義の代表的な社会であるアメリカでの実態が参考になると思います。
ニューヨーク地区連銀(Federal Reserve Bank of New
York)所属のエコノミストが、米国内500万人の40年間にわたるキャリアパスを研究した成果を発表しています。
これは生涯収入の多さでグループ分けを行い、25歳から55歳まで、年齢を重ねるにつれてどれくらい収入が増えたか(減ったか)を調査したものです。
同調査について報じたワシントンポスト紙、及びオリジナルの報告書によると、要点は以下青字部分のとおりです。
・中間層(生涯収入で見た中央値の層)では、25歳から55歳で、38%収入が増加
・ただし、中間層では35歳から55歳まで、ほとんど所得が伸びない
つまり、所得の伸びは概ね25歳から35歳の間で起こり、その後は横ばいです。
35歳以降に管理職、役員と昇進し、それに伴って収入も増加するタイプか、そうでないかは、最初の10年で勝負がついていることが示唆されています。アメリカでは(物価調整分を除き)定期昇給の発想がないため、職責・業績が上がらないと給料も上がりません。
アメリカでは役職・業績と収入がリンクしているため、このような分かりやすい数字に表れています。
一方、日本の組織では、ある年齢層まで横並びで、給料に差がつきにくい制度設計になっていることが多いです。しかし、人材の選抜という意味では、アメリカと同様に最初の10年で大まかな選抜は終わります。
給料や役職の形では見えていない(人事戦略上あるいは社会的配慮で、あえて見せていない)だけです。日本の組織に入る場合でも、最初は横並びだと気を抜いていると、その後で必ず結果に表れることとなります。
・生涯収入の上位10%層を除き、45歳から55歳では所得が減少する
この点は、日本の大企業でも、キャリアの終盤で本社の部長、役員へと昇進できる人材と、役職定年で降格されたり、子会社へ転籍して収入が下がる人材に分かれることから、日本でも同じような状況があると言えます。
日本の公務員の世界では、現状では、これはありません。55歳以上の定期昇給を事実上なくす制度は導入されていますが、せいぜい現状維持で、給与が下がるわけではありません。
もっとも、民間と比べ、公務員では50代の給与が高いとの指摘は以前から行われています。今後、「40代半ば以降は、収入が下がる(上がらない)のが一般的」という状況が一層浮き彫りになった場合、公務員給与においても、何らかの形で反映せざるをえません。
ベンチマークとして最重視されるのは全体の「平均給与」の官民比較ですが、年齢層や役職に応じた官民格差も考慮の対象になっています。
都庁でも、現在は55歳以降の定期昇給を制限していますが、将来これを45歳まで拡大するといったことは十分考えられます。(それでも、45歳以降で給与が下がらないだけ、まだ恵まれていると言われるかもしれません)
一方で、低めに抑えられている若年層の給与のベースアップ、役職に応じた年俸制(および業績に応じたボーナス)の適用対象が拡大していくでしょう。
つまり、役職が上がらないと45歳くらいで昇給は頭打ちだが、それなりに役職の階段を上がっていけば収入が増える道もあるという制度へ変わっていきそうです。
そのときは、30歳でも50歳でも課長代理(従来の課長補佐・係長級)なら給与もあまり変わらないとうことになります。
これでもまだ一定年齢までは定期昇給があるわけですから、アメリカほどの能力・成果主義制度ではありませんが。
・上位5%層では、25歳から55歳で、収入が230%の増加(3.3倍)
・上位1%層では、同1,450%の増加(15.5倍)
・いずれの層でも、25歳から35歳までの初めの10年間が所得の伸び率が高く、その後の伸びを占ううえでも重要
キャリアのスタート時点でも所得差があるかもしれませんが、ここでは単純化し、25歳時点で年収400万円(日本の公務員でも想定できる月給25万円、ボーナス4か月分)でスタートと仮定し、アメリカでの収入カーブの事例をあてはめてみます。
前述の中間層では、55歳時点で年収552万円。現状の日本の公務員(特に都市部)では、たとえ全く出世しなかった場合でも、55歳時点で年収がこの水準に留まることはありません。
しかし、アメリカ型社会での現状、また近年の日本の公務員給与制度の改正の方向を見ると、ほとんど役職が上がらず、若手と同様の職務を行っているベテラン職員(典型的には出先事務所の業務)は、中長期的にこの方向へ近づいていきそうです。
上位5%層の収入カーブでは、1,320万円。これは都庁では概ね部長級の給与水準です。
部長級以上の割合は都職員全体の約2%ですが、部長級に昇進可能な年齢層が占める割合(約30%)も考慮すると、上位5%層の姿として、都庁でもそのままあてはまりそうです。
上位1%層の収入カーブでは、6,200万円。これは日本の組織だと大企業の会長、社長、専務といったイメージです。無論、日本の公務員ではここまでの収入水準には到達しません。
なお、日本では、最も収入の高い年齢区分となっている50~54歳男性で、収入1,200万円弱で上位1%の水準、700~800万円で上位5%の水準ですので、アメリカと比べれば上位層の間での開きが少ないようです。なお、この年齢区分での中間値は393万円となっています。( 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」による)
これまで日米の現状を紹介しましたが、人生設計、キャリアパスのリスク管理という観点では、これから公務員になられる方も、現状の人事制度、給与制度がずっと続くと考えるべきではありません。
一年ごとの変化はわずかでも、今から20年も経過すれば、制度が大きく様変わりしていても不思議ではありません。これから就職される方は、その時まだ40代です。制度が変わる前に逃げ切れるわけではありません。
かつてに比べれば、企業も役所も、職員全員を同じように厚遇するほどの体力がなくなっています。全員に手厚く分配できれば理想的ですが、原資が限られる中ではメリハリを付けざるを得ません。
能力・成果主義が社会として望ましいかどうかの議論はありますが、現実の問題として、少なくとも公務員の人事・給与制度に関しては、今後そちらに向かって動いていく可能性は高いです。
将来の安定性や給与水準も加味して就職先を検討しているのであれば、長期的なキャリア、ひいては将来の所得水準の分かれ道となりやすい、キャリア最初の10年が大切になります。
就職活動に敷衍すると、組織としては、そういう覚悟で自分なりのキャリアプランを描いている人材、そのために必要な知識やスキルを自覚的に磨いている(就職後も磨き続けられる)人材を優先的に採りたいということです。
ご参考までに先に紹介した記事とレポートは以下のリンクから閲覧できます。
ワシントンポスト紙
ニューヨーク地区連銀のレポート
What Do Data on Millions of U.S. Workers Reveal
about Life-Cycle Earnings Risk?